生霊(生き霊)とは何か?

生霊(生き霊)とは何か、何を引き起こすか、そして生霊返しとは何か。

生霊(生き霊)とは何か

皆様は生霊(生き霊)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。一般的に「霊」と言うと亡くなった方の霊魂をイメージするかもしれませんが、この死者の霊を死霊(しりょう)と言うのに対し、生きている方の霊魂が肉体を離れて飛び回るものを生霊(生き霊)と言うのです。「いきりょう」のほかに「せいれい」「いきすだま」などと読むこともあります。死霊と同じように、生霊も何らかの強い念を抱いていると現世に対して影響を及ぼすことがあり、これが霊障となって人を悩ませる原因となるのです。

実はこの生霊が飛ぶという現象は日常的なもので、憎悪や嫉妬などの負の感情だけでなく、誰かを恋しいと思う恋慕の情や、故郷に帰りたいという感情など、何らかの強い感情を念じると無意識のうちに霊魂が生霊となって感情の向かう先の人物や土地に飛んで行きます。場合によっては生霊がそのまま相手の人物に取り憑いてしまったりすることもあります。

何かを考えながら行動をしている時に、目を開けていたのに意識が飛び、気がつくと時間が経っていたという経験や、足を運んでいない場所で知人に目撃されたりした経験はありませんか。もしあれば、それが生霊を飛ばした結果だと考えて間違いありません。このように生霊を飛ばすという行為は日常的によく起こることですから、生霊を飛ばしたからといって心配は不要です。

しかしあまりにも強い情念によって生霊を飛ばし続けると、飛ばした先で生霊が人に取り憑いて危害を加えたり、また大きな力を飛ばしてしまった身体の側が「抜け殻」のようになってしまったりするなどの問題が生じてきます。このような生霊はもはや怨霊と表現するのが適切であって、飛ばされた側も飛ばした側もどちらもその霊障により不幸になることが多いのです。

源氏物語や今昔物語集など平安時代の書物にも、江戸時代の怪談にも生霊に関する記述があり、古くから生霊の存在については認識されていました。また、各地に生霊による現象についての伝承が今も残っています。例えば、人が死に至る数日前に生霊を飛ばしてお礼参りをしたり知人を訪ねる現象について、能登半島では「死人坊(しにんぼう)」、秋田県では「面影(おもかげ)」、青森県では「あまびと」などと違った名前がつけられています。

また、幽体離脱やドッペルゲンガーなども生霊と関係の深い現象です。霊魂に意識が乗ったまま生霊となり、意識が身体側ではなく生霊側にある状態が幽体離脱であると考えられています。また、自分自身の生き霊を目撃するのがドッペルゲンガーであると考えられます。江戸時代にはドッペルゲンガーのように自らの生霊を目撃した後に死に至った例があり、これを「影患い(かげわずらい)」「影の病(かげのやまい)」という病気であると考えていました。

生霊(生き霊)を飛ばすとどうなるか

強い情念を抱くとその思念が幽体となり、肉体を離れて生霊となることについてはお話ししました。その生霊は生まれた元の感情を意志として本人の与り知らない所で行動をするのです。土地への憧れや、愛する人を心配する心、誰かのそばに居たいという気持ちなど、どんな感情も生霊を飛ばす原因になりますが、霊障などのトラブルを引き起こすのは多くの場合、強い憎悪や嫉妬から生まれた生霊です。もしあなたが、就寝前など一人で居る時に、誰かのことを「死ね」「不幸になれ」と強く念じたり言葉を発したことがあれば注意して下さい。そのような感情こそ、怨霊となる生霊を飛ばす方法なのです。

このように憎悪や嫉妬から生まれた生霊は、その憎悪や嫉妬の矛先となる人物に取り憑きます。取り憑かれた人は怪我や病気になったり、最悪の場合は命を落とすことになります。憎悪や嫉妬の対象が不幸になるわけですから、ある意味では目的が達成できているとも考えられます。しかし、安易に生霊を飛ばすことを考えてはいけません。怨霊となった生霊は、飛ばした先だけでなく、飛ばした本人をも不幸にするからです。

古くから「人を呪わば穴ふたつ」という諺があります。他人を呪い殺すのであれば自らも命を落とすことになるので、葬る穴は2つ掘るべきだ、という意味です。この諺はまさに生霊を怨霊にして飛ばす呪いのことを表しているのです。

怨みを抱いた生霊を飛ばした後、生霊が返ってくることがあります。特に相手側が「生霊返し」を行った場合には、相手に向けた負の念がそのまま自分に返ってくるのです。このように返ってきた生霊はすでに怨霊と化していて、飛ばした本人にも相当なダメージを与えることになります。多くの場合、気だるさを感じる、何もやる気が起きない、記憶が飛ぶ、睡眠時間が異常に長くなる、生気のない表情になるなどの症状が表れます。また、強い生霊を飛ばせば飛ばすだけ、本人の霊魂は削られて弱まり、最後には「抜け殻」のようになってしまうのです。

このように怨霊となる生霊を飛ばすと、取り憑かれた側も、飛ばした側もどちらも不幸になるのです。もちろん自らの命を削ってでも相手を不幸にしたいと思うのは自由ですが、そのような思いこそが「呪い」と呼ばれるものであることを自覚して下さい。嫌なことは忘れて、相手の不幸を願うよりは自らの幸せを願う、そういった素晴らしい選択肢を忘れないで下さい。「人を呪わば穴ふたつ」という言葉が戒めとなることでしょう。

生霊(生き霊)に取り憑かれたら

誰かに生霊を飛ばされて取り憑かれてしまうと、その負の力によって運気が落ち、全てのことが悪い方に向かうようになります。世間に出て生活をしていれば多少の怨みを買うことは当然のようにありますから、生霊に取り憑かれることも珍しいことではなく、弱い念の生霊であればすぐに振り払うことができますし、その影響も気にならない程度です。しかし精神的、肉体的に弱っている時に生霊に取り憑かれたり、強力な念に支配された生霊に取り憑かれると、目に見える症状が現れ始めます。

生霊に取り憑かれると、まず特に体調が悪いわけでもないのに、気だるさを感じたり、何事にも力が入らなかったり、無気力な感じに悩まされるようになります。そして事故や病気が重なったり、運が悪いと感じることが多くなります。また、霊感が強い人であれば、体の一部が重く感じたり、寝ている間に人の気配を感じたり金縛りにあったりすることもあります。このような症状が強い場合は、生霊に憑かれた可能性を考えてみる必要があります。

明るく楽しく健康に生活をしていれば、ある程度の生霊は自らの力で自然に撥ね返すことができますが、取り憑かれた状態から抜け出せない場合には、特別に生霊を除霊しなければなりません。自分でできる最も確実な方法は、生霊を飛ばしている本人と和解し、自分に向けられた憎悪や嫉妬などの感情を弱くすることです。また、特に別れた恋人などが生霊を飛ばしている場合、相手の幸せを心から願うことで生霊を返すことができるとも言われています。

生霊を飛ばしている人物に心当たりが無い場合や、自分の力では対処できない場合には、霊能者に鑑定と除霊を依頼するしかありません。死霊に憑かれた場合と異なり、生霊は成仏させたり昇天させたりすることはできません。基本的にその生霊は飛ばした本人に戻すことになり、このように生霊を飛ばした本人に霊を戻すことを「生霊返し」と呼びます。

最も重要なのは、普段から生霊に取り憑かれないように心がけて生活を送ることでしょう。見知らぬ他人も含め、人から負の感情を抱かれないようにします。結局、人に好かれる生き方を心がければ生霊に取り憑かれることも減り、逆に人に恨まれる生き方をする人は多くの生霊に苦しめられることになるわけです。まさに因果応報というわけです。